職場に退職を伝えた日

退職の決心を妻に伝えた後、いよいよ職場に意思を伝えましたが、上司の反応は自分が想像しているより重く、職場への感謝や自分自身の仕事の振り返りをする機会を与えてくれました。

昨年の4月、長年勤めた消防署を退職する決心を固め妻の同意を得た私は、その意思を組織の長である消防長に直接伝えました。本来であればまず直属の課長に伝えるべき流れですが、当時の課長には普段からあまり信頼を寄せていなかったため、自分にとって重要な決断はトップに直接話をするのが適切だと感じたのです。

「消防長、ちょっと話があるのですが」

「ん?」

ただ事ではないことを察したのか、消防長は部屋のドアを閉めてくださりました。

「まさか、仕事を辞めるって言いだすんじゃないよね」

「え、なんでわかったんですか。実は今年度末で退職させてください」

退職の意思を伝えると、ため息をつき短い沈黙がありました。

消防長は私が以前と比べ仕事に対し熱がないことを感じていたようでした。「なぜ退職したいのか」「考え直す余地はないのか」「休職してじっくり考えてみてはどうか」など、色々と説得してくださる言葉の数々に、私を高く評価してくれていることが伝わりました。そして大切な話だから、少し時間を置きじっくり考えてもう一度話をしようと、その気持ちと思いやりに感謝しました。

しかし、10日間ほど真剣に再考しても、私の決意は変わりませんでした。高く評価をしていただいていることはとても嬉しかったのですが、やはり自分がこの組織でやりたいことが見つからないということが致命的でした。私は退職についてのやり取りを長引かせたくなかったので、次の話し合いには辞表を持参し、正直な気持ちを伝え辞表を提出しました。消防長は言葉少なに、「残念だが、自身で選んだ道なら仕方がない」と受け止めてくれました。

「うーーーん、そうかーーー」

辞表を受け取った後に天井を見ながら消防長が放った一言に申し訳ない気持ちがあふれてきました。

「ちょっときてほしい」

その日のうちに総務課長から呼び出されました。総務課長は私が若い頃からお世話になっている人物で、心を開ける間柄です。彼からは、「なぜ最初に相談しなかったのか」と強く問われました。私は、自分の意志だけで決断したかったと説明しましたが、彼は納得できず、「まだ時間はあるから考え直してほしい。とにかく話をしよう」と引き止められました。

その日から5月末にかけて何度も話し合い、すべての考えや理由を伝えた結果、退職届は受理されました。

「もっと一緒に仕事がしたかった。納得はしていないが本日受理し退職の手続きを開始します」

5月末に総務課長から届いたラインのメッセージがありがたくも申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

消防署は定員があり、5月末ごろから翌年度の採用人員についての調整が始まります。その時期までに、退職する職員の数が明確にする必要があるので、私の退職願は5月末まで保留され、リミットを迎え受理されました。

この一連の経験を通じて、これまでまじめに仕事に取り組んできたことや自分の消防人生が正しく評価された気がし、変な言い方かもしれませんが頑張ってよかったという気持ちになりました。なかなか気が付きませんが頑張っている姿はちゃんと伝わるものだと思いました。

親身になり話を聞いてくれた消防長や総務課長は、退職を決めてからも変わらないサポートと理解を示して下さり本当に感謝しかありません。これまでも色々お世話になりたくさんのことを教わりましたが、その恩返しができないまま退職することがとても心残りではあります。しかし、自分のことを理解し応援して下さる方々のためにも、退職後の人生を恥ずかしくないように自分らしく生きる決意ができました。

この経験が、退職を考えている人々にとって何かの参考になれば幸いです。

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